脳の闇(著者:中野 信子)|矛盾と思考停止の中を生きる
私が本書の著者である中野信子さんの名前を知ったのは、本屋さんに並んでいた本書でした。
と言っても、今まで読まずにいた本なのですが。
正直に書けば、読まず嫌いをしていたという方が正しいところですかね。
ただまぁ、本書の言葉を借りれば「この本を読むまでの知性が足りなかった」だけかもしれませんが。
鋭いものの言い方や、皮肉を込めた言葉が多いなとは思いますが。
往々にして、本を書いたり何かを発信するような方は、優しい人が多いなぁと思いました。
なので、この本をどうまとめるか。
すごく苦しんだのが私です。
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自分を受け入れてコントロールすること
引用をした方が良いんだろうとは思うんですがー。
考えれば考えるほど、引用するのが難しいなと思ってしまう私です。
なので、読んだ後の感想をバーっと書いていく感じになると思いますが。
私の心に残った箇所は引用させていただきます。
生きるということは、軋みを慈しみながら日々を過ごしていくことだろうから。
第七章 女であるということ P.209
本書は、脳科学や心理学の観点から、社会で起きていることや問題とされることに対して・・・
疑問を提示するという言い方が合っていますかね。
そんな本です。
初版は2023年なので、現代という言い方は一応しないでおきますが。
扱われている内容は、今でも考えさせられることが多い。
「はじめに」から「あとがき」まで随所に出てくるのが「承認欲求」という言葉です。
承認という快感を得るために、私達が自発的に行っていると思っている行動を、脳がどのように捉え。
心理学的な作用も含めて、個人と社会という集団の関係を解き明かしています。
その中で、「生きる」ということについて扱われることがあって。
一番印象に残ったのが、引用した箇所です。
私達は生きている中で、悩みや問題という形で違和感を覚えます。
それは、自分の内側からも現れるし、外部環境からももたらされます。
そうすると、ズレを感じ・・・文脈的に合っているかはなんとも言えませんが、それに合わせるための「承認」という快感を欲します。
そのために様々な選択や行動を行っていくわけですが。
このズレというのは、思ったよりも負荷が高く、「孤独」を感じさせるものです。
自分が他の人とは違うとか、周りと馴染めないとか。
考えたことはなくても、感じたことはだれでも一度はあるかもしれません。
哀しかったり、残念に感じたり、寂しく感じたり。
そういった感情を抱くこともあるでしょう。
しかし、それがある意味では脳の限界であり。
違う視点があるということを、受け入れるとともに。
その状態で思考停止することなく、自分のコントロールできることに集中していく。
それが生きるということである。
ほとんどの人間は聞きたいことしか聞かない。
その上、自分の話したいことにしか関心を持たない。
誰かを責めるつもりでこんなことを書くのではなく、そもそも、ほとんどの人の脳には、そこまで余裕がないという事実を書いている。
<中略>
自分のことを考えられる以上の何かを考えられるほど、知的能力に余裕のある人はごくまれなのだ。あとがき P.266
One for all,All for Oneという言葉を思い出したと言ったら、少し稚拙な気もしますがー。
自分を大切にし、自分の人生は決して軽くない。
そのために、思考停止することなく、脳に備わっている新規探索性を活用する。
そのような、厳しくも優しいメッセージが本書にあるのかなと。
矛盾
なぜ私達が悩み、苦しむのかというと。
承認欲求を元にして社会から提供される矛盾があるからだ。
というのが、人間の脳と心理から見た結果なのか?と、本書から読み取りました。
私達は生き残るための知恵として、集団を構成します。
そして、その集団に所属し貢献することで、承認欲求を満たします。
他方、その貢献というのも、自分を承認してくれる状態。
共感するとともに、自分自身の納得が行く意思決定をしてくれるであろう人に対するものによって、快感へと変わります。
しかし、そのような集団での意思決定のすべてが、正しいと思えるわけではないでしょう。
その人が正しいとすることが、自分にとっては間違いだと考えることかもしれません。
その逆もあります。
多数決の原理ではないですが、「まともな声が上げられなくなる」のです。
本書の中でも例としてあげられているものがありますが。
集団の共通認識の中で正しい(または悪い)とされていることが、人として正しい(または悪い)ことよりも優先される。
ということに落ち着くと思います。
科学的に証明されていて、科学が正しいとされている中にあっても、集団の論理が優先されると。
そのような中にあって、生きづらさや悩みを抱えないはずがないよなと。
当然だとも思います。
これらの矛盾をはらんだ社会の中で人間に起きていることは。
その問題や悩みとされることに対する、人間の本能的な解決策ではないか。
そう思ったのが、うつ状態の人の方が要求度の高いタスクを適切に処理できるという、本書で紹介されていた研究結果です。
思考停止
うつ状態というと、程度はありますが精神疾患で治す対象となるものです。
なので、悪いものと捉えます。
まぁ実際に本人が悩み、苦しんでいるので、その状態を考えれば悪いものと捉えるのは当然といえば当然ですが。
しかし実績としては、そのような状態の方が処理能力は高いそうです。
私達の社会は、目先の役に立つものや良いものに期待するポジティブな社会である。
そのため、ネガティブな感情は悪とされやすい。
しかし、その脆弱性が人の興味を持つ方向で見えているかもしれない。
とするのが、本書だと捉えています。
その反面、うつ状態の例も含め、ネガティブに捉えられる側面が、人間には必要とされていたものである可能性が高い。
・健康であること
・コロナ禍での音楽イベントの停止
・孤独やぼっちに対して向けられる感情
社会集団から、これらに対して向けるべきとされた感情や取るべきとされた行動を提示された時。
それを何も考えずに受け入れる、思考停止状態。
これが危険とされているのではないかと。
思考停止し、受け入れることが本書の2章で書かれている通り、脳にとって一番楽なことです。
しかし、その結果引き起こされることが、人として倫理的に正しくないとされる行動です。
本書では「正義中毒」と表現されていますね。
読み取れるのは、提示された情報に対して複数の視点を持つことの大切さです。
集団から提示された意見や行動様式の理由は、一つのものでしかないと。
悪い面もあれば、良い面もある。
その中で、自分としてその意見とどのように向き合い、行動を決定するのか。
それが、自分にコントロールできることに気付き、集中する一歩であるのではないか。
このように考えました。
言葉の世界に生きる
情報のやりとりは、言葉を通して行われます。
そして、言葉になったことは現実になりやすいということもあげられています。
人と集団を結ぶのは言葉であり。
それを読み取る力が脳にはあるはずで、受け取る側はそれに挑むことに力を使い。
伝える側は、読者が読みたいものを書きつつ、考えや意見を伝える努力が必要である。
このようなことを、伝えたかったのかな?と思いました。
最後の8章とあとがきの最初に書かれている、出版業界の話は少し戸惑ったのが事実です。
私達が承認されるのも、承認するのも、言葉によって行いますし。
集団でも個人でも、意思決定も言葉で行われます。
信じるのも、避けるのも言葉です。
現在は常に集団が襲ってくる社会であり、言葉という情報が溢れている社会でもあります。
その中で、共感できるものや興味を持つものと自分を重ねます。
しかし、言葉はそれだけではなく、反対のものもあります。
自分にとって良いものも悪いものも含めて形成されるのが、人間社会であり一つの方向に向かうものではありません。
違う意見を新しいものとして、楽しめるようにするぐらいの方が、人として健康なのでしょう。
しかし、それが伝わるかどうかは「奇跡」とされています。
「奇跡」なのであれば、その受け取り方、伝わり方を出してみるのも、面白いのかもしれません。
抱えて生きる
矛盾を抱え、思考停止を乗り越えて、自分を大切に生きる。
これが、私達の脳が抱える闇との付き合い方なのかなと。
そんなことを思いました。
コントロール可能なのは、自分自身でしかないのは、脳科学以外でも言われていることです。
他者と自分では感情が違うからですね。
自分自身をコントロールすることに集中することで、自然と自分を「健康」にしてくれる人に引き合わされていきます。
難しい社会と私達が持つ機能があっても、自分を肯定できる生き方は目指せる。
そんな、優しい一押しをもらった気がしています。
・・・まぁ。本書で中野さんが言っている知性を備えていて、本書の内容を正しく捉えているかどうかは分かりませんけどね。
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