勉強の価値(著者:森 博嗣)|目的を思い描くことから始まる勉強

私の周りだけなのかもしれませんが。

自分が興味を持って、楽しんでやっていることを「作業」という人がいて。

ものすごく違和感を覚えてしまいます。

私にとって「作業」とは、強いられているイメージが強く、「楽しみ」とは程遠い言葉のような気がするんですよね。

これと同じイメージなのが、今回の本のタイトルにも使われている「勉強」です。

辞書を引いてみると「本来は気が進まない事を無理にする」という意味合いだそうで。

最近は「学習」という言葉の方が、学ぶという意味ではしっくり来ています。

・・・「ブログのタイトルに使っているやつが何を言っているんだ」というツッコミは一旦置いといてください。

で、本書「勉強の価値」では、なぜ「本来気が進まないことを無理に」したくなるのか。

それを読み解くことができます。

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勝たない「勉強」

「勉強」という言葉を聴くと、やる気が削がれる方が一定数いると思います。

その一方で、小学校に入学する子供は「勉強を頑張りたいです!」という子もいます。

私はそういう子供ではなかったのですが。

そのように言っていた子も、気がついた時には嫌いになっているのが「勉強」。

友達と遊ぶことや、成長に伴って活動範囲が広がることで、興味が勉強から別のものに移ってしまうということもあるかもしれませんが。

これが、いわゆる学校での「勉強」で起こることですね。

先生からいろんな事を教えてもらって、自分が賢くなるのではないか。

そのような希望を持っているのに、テストや通知表といったもので定量的に図られてしまいます。

友達にも点数が付くので、嫌でも比較したりされたりします。

その積み重ねで知らず知らずの内に「自分は勉強ができない」と思い。

勉強をしなくなって、嫌いになっていく・・・という感じでしょうか。

このように、「勉強」は優劣や勝ち負けがつくものというイメージとなり。

持っていた希望が静かに打ち砕かれる・・・そんなイメージが出来上がっているかもしれません。

しかし、現実にはその希望は打ち砕かれていません。

社会や他者を諦めて切り捨てないで、自分の勉強を見つけて、自分が思うとおりに自分を高めること。言い換えれば、自分の好きなことを見つけて、自分の好きなことを深く学ぶこと。それが勉強の本質である。

勝つための勉強があるように、勝たないための勉強だってある。

第3章 勝つために勉強するのではない P.123

教えてくれる先生や喜んでくれる先生のためにするものではなく。

自分自身を高めるために行うこと。

好きなことを突き詰めること。

これが「勉強の本質」であると本書は言います。

そうして育つものが「理性」であるとも。

勉強することで成長するものの一つが、この理性である。

物事を感情的に判断しない。客観的に、公平に観察し、理屈で判断する。現在の社会は、法律という理屈で制御されている。人を説得するものも理性であり、争いを避けて、平和な社会を実現するのも理性である。

第3章 勝つために勉強するのではない P.125

つまり、勉強によって手に入るものは、点数や名誉だけではないということです。

理性的に制御されている社会において、自分なりの人生の正攻法を獲得する方法。

それが、勉強によって自分の好きなことを追求して得られる視点を元にして獲得した理性である。

これが勉強の目的であり、「勝たない勉強」であるということです。

いくら試験で点数を取れても、ある程度は有利な人生になるかもしれませんが。

それが通るのも、学生のうちだけです。

人生100年時代と言われているので、一生の内の15%程度でしか通用しません。

であれば、「勉強」を捉え直す意味もあるのではないでしょうか?

自分の武器を磨く

好きなこととは、自分が興味関心をもっていることで。

それが他の人との違いであり、武器となります。

自分が好きでやっていたり、苦も無く取り組めるものなので。

あまり意識がないかもしれませんが、それでも自分の役に立っています。

ポジティブな感情になれるだけでそうですよね。

そして、自分の役に立つということは、誰かしらの役にも立っているのです。

「勉強が何の役に立つのか?」と問われたときに僕は、「あなたは何の役に立つのか?」ときき返すことにしている。多少丁寧に問うとしたら、「あなたは何に役に立ちたいのですか?」となり、それに対する本人の返答が、勉強をする目的になりうるし、それがつまりは、「人間の価値」になるだろう。

第1章 勉強とは何か? P.44

意識的でも無意識でも、何かしらの価値の原石があるわけです。

それを磨くための行動が「勉強」ということになります。

磨けばそれは自分を光らせる武器となり、「役に立」ちます。

私たちが普段から使っている商品のことを考えてみると、様々な改良が加えられています。

ニーズを満たしてくれる商品が、より便利になって提供されます。

メーカーが日々の努力によって、より顧客の利便性を高めているのです。

顧客だけでなく、原材料や工程を見直すことで、コストを抑えることも自社にとっての改良となります。

つまり、商品を「磨く」と、顧客にも自社にもメリットがあるのです。

私達が自分自身の「武器」を磨くことにも、同じく双方の意味があります。

給料が上がるかもしれませんし、人間関係がよくなるかもしれません。

自分自身のメリット=「役に立つ」ことを見つけるのは、自分自身ですが。

これを見つけられなければ、磨く意味、つまり「勉強」の意味を見いだせないでしょう。

なので、好きなこと、自分の興味を磨く=「勉強」することが大切なのです。

結果、他の人が価値を感じてくれるようになるということですね。

誰かのためにするのではなく、まずは自分自身のためにするのが、「勉強」です。

自分の資源を増やす

とはいえ、集中的に磨いても、役に立っていると思えないこともあるかもしれません。

その時には「勉強」の意味を見直すのも必要かもしれないですね。

自分が何を知らないのかを知ることが、すなわち勉強である、と言っても過言ではない。

第2章 勉強は面白くない? P.91

例えば、歯を磨く時に、前歯だけを磨く人はいないと思います。

前歯の綺麗さに興味があるとしても、歯の裏側や奥歯まで磨くのではないでしょうか。

前歯と奥歯では、歯ブラシの向け方が変わります。

同じように、好きなことの「周辺」に関する理解も必要でしょう。

オンラインゲームを快適にするためには、プレイスキルだけではなく、パソコン本体やモニター、マウス、キーボードなど機材の知識もある程度必要です。

そうすると、プレイスキルだけでなく、パソコンのスペックについても興味を持ち、勉強するでしょう。

自分の好きなことに影響があるということを「知る」と、興味が湧きます。

それは、好きなことを勉強していなければ、関係を知ることができず、存在を認識しづらいとも言えます。

そうすると、ゲームに関する知識とスキルに加え、パソコンに関しての知識もつきます。

そう、武器は増えるのです。

この2つを組み合わせれば、ゲーミングPC専門店で信頼の厚い店員さんになれるかもしれません。

また、これからオンラインゲームを始める人に、オススメの機器を教えてあげられるかもしれません。

どちらも、自分の価値を高めていて、相手にも役に立っています。

これが、仕事です。

このように増やした武器を資源とし、どのように組み合わせるかに頭を使う。

それも、「勉強」で養うことができます。

仕事を任されるようになると、自分で判断し、自分で計画しなければならない立場になるだろう。そのときに、若いときの勉強という経験で、頭を使う練習をしていたかどうかが効いてくるはずだ。

第4章 学校で勉強をする意味 P.145

ヒトの価値を高める

「勉強」により自分の役に立つと共に、価値を高めることに繋がります。

手に入れた武器は視点となり、自分なりの考えを持つことになります。

自分なりの考えとは、学んだことを元に気付く「発想」です。

「わからない」「迷っている」という状態をいかに長く体験させるかが、「勉強」なのである。僕の経験では、とにかく考え続けているうちに、ふと思いつくものがあったからだ。

第6章 「覚える」と「気付く」の違い P.203

知っていることや分かっていると思っていることは、「勉強」しないでしょう。

分からなくて、知りたいから、「勉強」するのです。

そのように続けることで、目の前が開けるような「発想」が浮かびます。

今でも、これまでも。

偉人と言われる人たちは、この「発想」を出し、新たな価値を生み、発展させて来ました。

能力の差や大小はあるとしても、私達は「勉強」により、同じく新しい価値を生み出す「発想」を持つことができます。

個の時代となり、さらに社会が不確実になっている今。

私達は「発想」の能力を磨き、ヒトの価値を高めることが求められているのかもしれません。

楽しみながら高める行為

「勉強」が人それぞれのものであるように、「楽しみ」も個人的なものである。

第7章 本当の勉強はとんでもなく楽しい P.220

著者の本を読むのは初めてながら、熱っぽい記事になってしまいました。

読みながら「極端だなぁ」と思うこともありましたが、「勉強」についての捉え方は賛同できます。

人生の目的や、何かに取り組む目的は人それぞれです。

何を楽しいと思うかは人それぞれで、極めたいと思うことも人それぞれです。

学び方や、学ぶ内容も人それぞれです。

この本を読んで「勉強」とは。

自分の目的に近づく=自分が価値を感じる状態になるために、喜んで無理したくなり、自分を高める行為なのだと。

そのように納得しました。

本書内にも書いてありますが、だからこそ、勉強は大人のためのものなのです。

子供は、その大人の姿を見て、勉強をしたくなるのでしょう。

しかし、義務教育は大人の勉強とはことなります。大人は通っていますが。

最低限の「勉強」のための道具を揃える期間が義務教育であり。

子供が目的を持った時に、最短距離を走りやすくする準備をさせてあげたい。

そのような、先代達の思いの形なのかもしれません。国力というのもあるとは思いますが。

大人も子供も、自分だけの「勉強」と「勉強法」を見つけ。

「楽しく」生きて行けたら良いですね。

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著者プロフィール
ぽんぞう@勉強中

はじめまして、「ぽんぞう@勉強中」です。
小企業に一人情報部員として働いている40代のおじさんです。IT技術での課題解決を仕事にしていますが、それだけでは解決できない問題にも直面。テクノロジーと心の両面から寄り添えるブログでありたいと、日々運営しています。詳しくはプロフィールページへ!